垂井→関ヶ原→今須→柏原 12.9km

中山道歩き、前回の垂井からスタートします。
垂井駅前の「竹中半兵衛」像。半兵衛のいた陣屋、菩提寺が残っているそうです。
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垂井のマンホールは鯉のぼり。相川水辺公園で、鯉のぼりを一斉に泳がせるイベント
が有名だとか…。
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以前の屋号や名前を掲げた看板が、あちこちにあります。
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亀丸屋。現役の旅館のようですが、ちょっと泊まる勇気がないですね。
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南宮大社の鳥居。
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旅籠の建物を利用した、お休み処&鍼灸院。
六斎市というのは、月に6回行われる市だそうです。
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小林家住宅。昭和の初めまで、旅籠でした。
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西の見附跡では、お正月の準備。
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このあたりから描かれた広重の浮世絵。
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垂井

東海地方名物、自転車横断はできても、歩行者は歩道橋へ…という交差点。
関西人、歩道橋は登りません。
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垂井一里塚。そして関ヶ原の戦いの、浅野幸長の陣跡。
浅野長政の嫡男だそうです。
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野上の七つ井戸。
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関ヶ原町に入って来ました。マンホールも兜です。
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山内一豊の陣跡。
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六部地蔵。
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町指定天然記念物「旧中山道松並木」。
広重が描いている松並木、残っています。
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関ヶ原は、石田三成押しです。
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本陣跡。
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関か原

不破関跡。
ややこしいのですが、関ヶ原は関ヶ原の戦いだけでなく、壬申の乱の戦闘があったこ
とでも有名です。古代の関所だった不破関。
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藤古川。壬申の乱で、川を挟んで天武天皇軍と弘文天皇(大友皇子)軍が戦った場所。
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そしてここで弘文天皇は自害します。
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立場跡。
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松尾山へ。松尾山は、関ヶ原の戦いの小早川秀秋の陣跡です。
小早川の裏切りで、命を落とした大谷吉継の陣も近くにあります。
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壬申の乱の激戦地、黒血川。
両軍の兵隊の血で川が黒く染まったため、こう名づけられました。
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黒血川にある、鶯の滝。5mぐらいの小さい滝です。
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さらに時代がバラバラですが、常磐御前のお墓。
東国へ行った義経を案じて、乳母と二人で追って来たのですが、ここで土賊に殺害さ
れます。
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可哀想に思った地元の人が建てた常磐地蔵。
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この一帯、壬申の乱の兵士、常磐御前、関ヶ原の戦いの武将…、絶対、夜出ますよね。
~~~(m-_-)m

関ヶ原宿と今須宿を分ける、今須峠。
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一里塚跡。
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今須宿本陣、脇本陣跡。
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車返しの坂にある、車返地蔵尊。
車を返さなければならないほどの強烈な坂か…と身構えましたが、平安時代、不破関
が荒れ果てて破れた屋根から見える月が風流だと見学に来た都の貴族が、屋根を修理
してしまったと聞いてUターンした場所だそうです。由来が、しょうもなかった…涙。
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この細い溝で、岐阜県と滋賀県が分かれます。
周辺には旅籠があって、壁越しに両国の情報が入ったため、「寝物語の里」と呼ばれ
ています。義朝(頼朝や義経のパパ)を追って来た常磐御前や、義経を追って来た静
御前が、ここで昔の家来に偶然会ったりしています。
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今須

柏原のマンホール。
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東見附跡。
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雪が多いのでしょうね。信号機にヒサシがあります。
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柏原の看板はこんな感じ。
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柏原駅です。
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伊吹山がきれいに見えました。
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柏原宿→

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