富海→宮市 7.7km&防府天満宮
富海駅です。
こんな手の届く所に、ポイントがあって誰も悪戯しないのでしょうか。
駅からの地味にきつい坂。
橘坂を登ります。すぐに高度が上がって、富海の海水浴場が見下ろせます。
気持ちのよいハイキング道が続きます。すべての街道がこうだったら、いいのになw。
手懸岩。旅人が手を懸けて休んだ岩。
この辺りには、石畳が残っています。
浮野峠を改修した碑が、建っていました。
通り過ぎると、旧山陽道の道案内が…。
進んでみましたが道が途中でなく、方向性も違う感じです。
どうもこの道を指しているようです。この看板は防府側から来た人用で、私たちのように
富海から歩いている人には意味がありません。富海からの入口部分に、もっと指さし看板
が欲しかったです。
浮野峠。
峠を下った集落の看板。不法投棄に対する怒りが…。
浮野駕籠立場跡。
大名の休憩所、徳地屋跡。
右から「こんぴらみち」「あじなみち」と書かれています。どちらも近くの神社。
この広大な敷地は、周防国衙跡。大化の改新の頃の、周防の中心です。
大阪にもしこれだけの土地があれば、とっくに住宅がぎっしりと建っているのですが、さ
すがですね、きちんと残っています。公園にするでもなく、ただ残っているのがすごい。
毛利庭園への道。
佐波神社。
周防国衙の西北隅。広〜〜〜い!
周防国分寺。
ここで、防府天満宮に初詣に行きました。
混んでるとは思いましたが、ここで1時間以上並ぶことに…。
近づいて来ましたが、まだまだ…。
やっとお詣りできました。
萩往還の碑。山陰道は益田→津和野→小郡で山陽道と合体しますが、萩と防府をつなぐ道
が萩往還です。毛利公が動いた道ですね。いつか歩いてみたいな。
山頭火ふるさと館。防府は、種田山頭火の生誕地です。
でも近くで囁かれるのは、ラーメン店のお話(^^;)。
宮市本陣の門。
兄部家の建物は、どうなってしまったのでしょう。
この写真の後すぐに、全焼してしまったらしいです。もったいない!
宮市観音。
ここで、今回の街道歩きはおしまいです。
防府駅。
防府のマンホール。
宮市宿→
こんな手の届く所に、ポイントがあって誰も悪戯しないのでしょうか。
駅からの地味にきつい坂。
橘坂を登ります。すぐに高度が上がって、富海の海水浴場が見下ろせます。
気持ちのよいハイキング道が続きます。すべての街道がこうだったら、いいのになw。
手懸岩。旅人が手を懸けて休んだ岩。
この辺りには、石畳が残っています。
浮野峠を改修した碑が、建っていました。
通り過ぎると、旧山陽道の道案内が…。
進んでみましたが道が途中でなく、方向性も違う感じです。
どうもこの道を指しているようです。この看板は防府側から来た人用で、私たちのように
富海から歩いている人には意味がありません。富海からの入口部分に、もっと指さし看板
が欲しかったです。
浮野峠。
峠を下った集落の看板。不法投棄に対する怒りが…。
浮野駕籠立場跡。
大名の休憩所、徳地屋跡。
右から「こんぴらみち」「あじなみち」と書かれています。どちらも近くの神社。
この広大な敷地は、周防国衙跡。大化の改新の頃の、周防の中心です。
大阪にもしこれだけの土地があれば、とっくに住宅がぎっしりと建っているのですが、さ
すがですね、きちんと残っています。公園にするでもなく、ただ残っているのがすごい。
毛利庭園への道。
佐波神社。
周防国衙の西北隅。広〜〜〜い!
周防国分寺。
ここで、防府天満宮に初詣に行きました。
混んでるとは思いましたが、ここで1時間以上並ぶことに…。
近づいて来ましたが、まだまだ…。
やっとお詣りできました。
萩往還の碑。山陰道は益田→津和野→小郡で山陽道と合体しますが、萩と防府をつなぐ道
が萩往還です。毛利公が動いた道ですね。いつか歩いてみたいな。
山頭火ふるさと館。防府は、種田山頭火の生誕地です。
でも近くで囁かれるのは、ラーメン店のお話(^^;)。
宮市本陣の門。
兄部家の建物は、どうなってしまったのでしょう。
この写真の後すぐに、全焼してしまったらしいです。もったいない!
宮市観音。
ここで、今回の街道歩きはおしまいです。
防府駅。
防府のマンホール。
宮市宿→
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