安居の渡場→(仏坂)→周参見 10.4km
翌朝、安居の渡場へ日置駅から行こうと思っていた予定を変えて、周参見駅から
タクシーで行く事にしました。しかしここでもタクシーは1台で、予約する事が
できず、誰かを送って行った後乗り場に寄るから待っていて下さい、とメモを残
して置きますから…との事でした。今時メールでもなく、メモというのが不安で
すが仕方がありません。この一帯のタクシーは、しばらくしたらなくなるのかも
しれません。周参見駅、結構きれいにしているのに…。


自転車の基地として、力を入れているようでした。でも根本的な人口減少が解決
しているのかなぁ。

実は安居の渡場では、地元の保存会の方が対岸に旅人を渡して下さいます。この
約束の時間があったので、ヤキモキしていたのでした。

渡し舟を川に下ろして、二人掛ですぐそばの渡しまで行って、また戻って舟を上
げる…。これで1人500円です。申しわけなくて涙が出ます。しかも木で造った通
行手形までお土産に…。郷土愛だけで、支えられている渡しです。

舟はさっと岸を離れ、

さっと向こう岸に渡ります。

そして引き返して行きました(合掌)。

昔この渡しには、舟を並べた舟橋が架かっていました。
舟を下りると、すぐ仏坂の急な登りです。


桂松跡。一里塚とされていた松だそうです。

仏坂茶屋跡。この辺りには、安宅牛という牛を売買する市が立ちました。

坂を登り切ると道路に出て、後は楽々な下りです。
本当は仏坂は茶屋跡から地主神社の方へ下る道なのですが、今は通行できません。
なので舗装道路を迂回するわけです。



先ほどの茶屋跡から、ここに下りて来ます。

地主神社に寄ってみます。

この神社は最初から神殿がなく、このような状態でした。
熊野地方には、よくあることです。


後ろの山が、ご神体です。

王子神社。周参見王子があった場所です。




周参見奉行所、代官所の跡。ここは紀州藩の直轄地でした。

周参見駅です。

街道は赤い矢印です。私たちは、駅へ右折します。


周参見→
タクシーで行く事にしました。しかしここでもタクシーは1台で、予約する事が
できず、誰かを送って行った後乗り場に寄るから待っていて下さい、とメモを残
して置きますから…との事でした。今時メールでもなく、メモというのが不安で
すが仕方がありません。この一帯のタクシーは、しばらくしたらなくなるのかも
しれません。周参見駅、結構きれいにしているのに…。


自転車の基地として、力を入れているようでした。でも根本的な人口減少が解決
しているのかなぁ。

実は安居の渡場では、地元の保存会の方が対岸に旅人を渡して下さいます。この
約束の時間があったので、ヤキモキしていたのでした。

渡し舟を川に下ろして、二人掛ですぐそばの渡しまで行って、また戻って舟を上
げる…。これで1人500円です。申しわけなくて涙が出ます。しかも木で造った通
行手形までお土産に…。郷土愛だけで、支えられている渡しです。

舟はさっと岸を離れ、

さっと向こう岸に渡ります。

そして引き返して行きました(合掌)。

昔この渡しには、舟を並べた舟橋が架かっていました。
舟を下りると、すぐ仏坂の急な登りです。


桂松跡。一里塚とされていた松だそうです。

仏坂茶屋跡。この辺りには、安宅牛という牛を売買する市が立ちました。

坂を登り切ると道路に出て、後は楽々な下りです。
本当は仏坂は茶屋跡から地主神社の方へ下る道なのですが、今は通行できません。
なので舗装道路を迂回するわけです。



先ほどの茶屋跡から、ここに下りて来ます。

地主神社に寄ってみます。

この神社は最初から神殿がなく、このような状態でした。
熊野地方には、よくあることです。


後ろの山が、ご神体です。

王子神社。周参見王子があった場所です。




周参見奉行所、代官所の跡。ここは紀州藩の直轄地でした。

周参見駅です。

街道は赤い矢印です。私たちは、駅へ右折します。


周参見→
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